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8 Sep 2017
東西の思想を会得した「武士道」の筆者・新渡戸稲造(1862-1933)

 

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9月の例会は「忍者ってナンジャ!?」と題し、大変興味深い忍者研究の第一人者である山田雄司先生(三重大学教授)をお迎えして講演を行っていただきました。「忍者」、今の時代でしたら 宛らFBI、CIA、MI6の忍びの者たち。時代劇に登場する忍者が武道にたけていたことは一目瞭然ですが、山田先生よりますと「万川集海(まんせんしゅうかい)」という忍術書が存在しており、忍者たちは「武士道の精神」をもって生き、その精神が定義づけられていたという事はやはり興味深いところです。

 

「武士道の精神とは?」日本人でしたら言葉で説明できなくても何となく理解するこの道徳観念。幕末明治からさほどたたない時代に、この「武士道」たる精神を世界に知らしめた人物がおります。

 

新渡戸稲造(にとべいなぞう)。日本人の心に潜在的に受け継がれてきた「武士道」の精神と、西洋で育まれたキリスト教の精神との懸け橋となることを目指した思想家であり、若者の教育に従事した教育者でした。

 

新渡戸稲造は盛岡藩士の息子として1862年に生まれ、材木業として成功した祖父を尊敬し自分も将来は日本、さらには世界の発展のパイオニアになろうとクラーク博士で有名な札幌農学校(北海道大学)に進学します。その後、「われ、太平洋の架け橋とならん」とアメリカ留学を決意。その後、農政学の研究のためドイツへ留学します。そして彼を支えたアメリカ人のメアリー夫人と結婚。

 

1891年帰国、札幌農学校の教授として迎えられますが、体調を崩し休職、その療養中に「Bushido: The Soul of Japan」を英文で書き上げます。1900年にアメリカで出版されるとたちまち反響を呼び、フランス語、スペイン語な各国の言語に訳され、世界中で「武士道」が読まれることになります。アメリカのルーズベルト大統領も徹夜で読みふけるほど感銘を受けたといいます。

 

「武士道」を書いたきっかけは、ドイツで出会ったベルギーの法学者より、「日本人の道徳観念はどこから来るのか?」という問いを投げかけられ、その後、この問いかけが長い間、心に引っかかっていたからといいます。

 

イタリア語で日本の魂を「Lo spirito del Giappone」といいますが、以前、息子が中学の卒業試験の最終面接の際、「第2次世界大戦について語れ」などの決まりきった質問を予想していたにも関わらず、突然、「日本の魂とは何か?」と聞かれたそうです。突然の教師の質問に、当惑した息子は、うまく答えられなかったと言って憤慨しておりましたが、外国に住んでいますとよく、日本人に向けてよく、この手の質問をされます。

 

「武士道」を一言でいうと「高き身分の者に伴う義務」であると述べています。数百年にわたる日本の歴史の中で武士の生き方として自発的に醸成され発達したものです。武士道は仏教・神道・儒教の影響を受け、武士道を「自己責任」「他者への配慮」「義務の遂行」という面でとらえてるといいます。

 

明治維新(1868年)武士は刀を捨て、支配階級としての自分たちの権力を手放します。自らの権力を潔く手放すという見事な展開は全人類の歴史においても極めてまれなものだったと思いますが、きっと武士達が武士道の精神を貫いたがために達した結論でなかったのでしょうか。

 

そして、そんな混迷を極める時代に現代の日本人より外国語が堪能だった数多くの幕末明治の人たちがいるのには本当に驚きです。インターネットもスマートフォンもないあの時代。便利な「情報化社会」というものが本当に人類にとって良いことなのか?という根本的な疑問がわいてきますが、とにかく、あの当時、夏目漱石がロンドンへ、日本画の竹内栖鳳はパリへ、そして、作曲家の滝廉太郎がライプツィヒ、素晴らしい人材が留学を経験しています。

 

今から一世紀前、外国に渡った日本人たちの苦労は大変なものだったと思われますが、新渡戸稲造の生涯も、苦労と誤解と疲労の連続だったといいます。1920年、国際連盟設立に際して新渡戸稲造が事務次長のひとりに選ばれます。日本人初めての国際機関における重要ポストに就任しますが、彼の就任中、日本は満州に進出、日中戦争を起こし、次第に国際社会から孤立。そして、その「弁解」の一切が新渡戸に任され、彼の晩年を苦しめたといいます。

 

あの時代を生きた新渡戸稲造を思うとき、現在、イギリスで揺らぐBrexit の行方に思い悩むことなど小さい事かもしれません。人やお金の移動を自由にすることで、平和で豊かな共同体を作ろうとしたヨーロッパ連合。欧州諸国が一体であるという理念での発足したEUですが、難しい問題が山積みです。

 

現代の混迷する国際社会、しかし、幕末からそう遠くないあの時期に、国際社会で活躍し、国際平和に魂を捧げた新渡戸稲造という日本人がいたことは驚きです。

 

私は主人の影響でヨーロッパに来てから合気道の道場に通うようになりましたが、そこで知り合う仲間たちが「武士道」を語り、海外の方々の方が日本の武道に勤しんでる姿を見るにつけ、日本を発信し続けた師範の方々の功績を思い、尊い日本の文化を思います。

 

ヨーロッパで生まれた子供達に、日本の武道を、そして、私たちの体に流れている「武士道」という精神を伝えていかなければならないのではと思っています。そして、あの時期の教育のすばらしさ、本当の意味での国際人を育てるために、今、どのような教育が必要なのかも深く考える今日この頃であります。

 

                                                               

                                                    新渡戸稲造、メアリー婦人と共に。