草創の頃

(1956〜1965年)


1945年に戦争が終わり、52年にエリザベスII女王の戴冠式が行われ、皇太子であった現天皇が日本を代表して列席されました。当時はまだ渡航の自由が認められておらず、ロンドン在住の日本人は約200人でした。戦前英国で活躍していた商社、銀行、船舶、新聞などの会社が戻り始め、大使館も日本外交の再建に力を尽くしていましたが、まだ第二次世界大戦中の悪い対日感情も残っていた時代です。日本人は日英感情の現状を好転することを心から願い、それぞれの立場で努力していました。


当時の駐英大使夫人であった故西富貴子さんは前任地オーストラリアでの経験から、かねがね対日感情をよくするには女性の力は大切だと考えておられました。折も折り1955年秋にYWCA世界大会がロンドンのYWCA Central Clubで開催され日本からも代表の参加があり、戦前からYWCAと関係があったロンドン在住の日本女性も含めてYWCAによる日本婦人のためにお茶の会が開催されました。


これが契機となって、当時のYWCA会長Lady Hermione Cobbold (西さんの友人)から日本女性が自主的なグループを作るのなら、YWCAは会場の提供などの協力を惜しまないという申し出があり、Great RussellStreetにあったYWCA Central Clubの1室を借りることになりました。1956年10月、西富貴子さんは1936年来在英のハワード照子さん、国際会議等の経験豊かな渡辺華子さんの協力を得て、ロンドン日本婦人会(The Japanese Women’s Association in London)が発足しました。役員の顔ぶれは会長:西富貴子、副会長:山崎正子・森妙子、セクレタリー:渡辺華子、会計:ハワード照子、会員は約80名でした。


当初はYWCA職員の協力もあって、活動の内容も日英親善や日本紹介の面が強かったと思います。夫婦で参加するダンスパーティを開催したり、ケンブリッジ大学の学園祭のジャパンデイの催しに和服姿で参加したり致しました。バザーも行なってその収入を英国の老人ホーム、児童福祉施設、日本の水害被災地、NHK歳末助け合い運動などに寄付致しました。毎月の例会では、英国の歴史、教育問題、社会保障制度、英国の家庭料理などについて専門家の話を聞いて意欲的に学びました。


1961年、日本クラブの設立と共に会場を当時チェルシーにあった日本クラブに移して活動することになり、それ以後は日本女性だけの婦人会に変わりました。


1964年には、すでに実行されて来た会の活動に基づいて会則が作成され、これを機に役員交替の時期が10月から4月に変更され、3月に総会を開くようになりました。